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書籍番号 17579
書  名 清議報 1-6
シリーズ (中国近代期刊彙刊)(1895-1901年の100冊を影印)
データ A5 6846頁(精装)
ISBN/ISSN 7-101-00852-6
編著者 康有爲 梁啓超
出版年 1991年9月
出版者 中華書局
価 格 34,540円(税込)

【内容簡介】

戊戌の変後、梁啓超は日本へ亡命し、1898年12月23日(光緒24年11月11日)
に横浜で『清議報』を創刊した。これは月刊誌であり、孔子の紀年法を採用し
ていた。同紙は、保皇会(立憲派)が海外で創刊した最初の機関紙である。
創刊当初の主旨は「支那の清議を維持し、国民の正気を奮い立たせる」などで
あったが、後に「清議を主宰し、民智を開く」と明確化された。紙面には論説、
著名人の著述、文苑、海外論説の翻訳、紀事、各紙の抜粋などの欄が設けられ、
そのうち「国聞短評」欄は、中国語の新聞・雑誌において最も早い時期の時事
短評コラムであった。創刊当初、内容は主に戊戌の変に関する論評、列強の陰
謀の暴露、清朝政府の頑固派への批判、光緒帝の称賛、民権と君主立憲の提唱
などであった。発行期間中、清朝政府は日本政府に対し、梁啓超の追放と『清
議報』の発行禁止を要求する圧力をかけた。日本政府の庇護の下、梁啓超は留
日して報務を引き続き担当することができ、『清議報』は発行を継続すること
ができた。1901年6月7日、同紙は梁啓超の『立憲法議』を掲載し、「予備立
憲」の主張を初めて提唱した。1901年12月21日、『清議報』は第100号を発行
し、梁啓超は『本館第100号祝辞並びに報館の責任及び本館の経緯』を発表した。
翌日(1901年12月22日)、報館で火災が発生し、同紙は発行を余儀なく中止し
た。その後、梁啓超は1902年に『新民叢報』を創刊し、改良思想の宣伝を続け
た。横浜新民社はかつて『清議報』の内容を編纂し、『清議報全編』を出版した。